2.開発の歴史

ユビキタス環境制御システムが現在まで発展を遂げたのは、沢山の組織の多くの人々の試行錯誤の奮闘努力と沢山の援助をいただいた結果です。私自身、振り返ってみると失敗することが多かったのですが、失敗は成功の母と言います。ここでは、私たちが歩んできた道を振り返りながら、UECS研究会が発足するまでの歴史について簡単にまとめてみたいと思います。

2.1 マイコン環境制御システムの草分け


マイコン環境制御システムの我が国初期の論文

初期の製品(W8060、山武ハネウェル(当時))

マイコンが登場し、施設園芸に応用した日本での初期の研究論文が左上です(東京大学高倉氏(現農村工学研究所)ほか、1979年、温室の複合制御用マイクロコンピュータシステムの試作、農業気象、35(2)、97-102)。そして、1980年代中ごろに販売されていた温室用マイコン環境制御システムの製品のカタログの一例が右上です。当時の値段で100万円程度しました。農業生産にコンピュータを使うのはとても珍しい時代で、農業にもコンピュータを使う時代が来たのだと、導入施設は見学者が来訪するほどでした。右上の装置は、平衡のシリアル通信ポートが付いていて、パソコンのRS232-Cポートに接続する信号変換機を自作して、PC-9801でデータ収集する研究などを行うこともできました。マイコンで実現できるハードウェア機能の環境制御システムへの導入は、この時代にほぼ出来上がっていました。

やがてバブル景気、植物工場ブームなどが訪れ、マイコン環境制御システムの製造・販売に参入する企業は大企業からベンチャーまで20社以上に増えました。しかし、業界団体などはなく、もちろんプラットホームなどもありません。日本のパソコンが某メーカー1社でほぼ牛耳られていた成功体験を各社思い描き、皆、ばらばらの規格で勝手に製造し、農林省の補助金で施設への導入を争っていました。コンピュータ応用製品という、すそ野の広い産業を一社ですべて抱え込もうと競争したため、ハードウェアの改良、添付するモニタソフトウェアの開発、講習会の実施、修理、相談、営業などの多様な業務がのしかかり、悲鳴を上げる企業が続出しました。農業分野では、耐用年数は無限、サポートはタダというのが常識だったので、1社で200台も売ると、サポートの出張などで経営収支が悪化し、新たな開発などできなくなる状態でした。このため、コンピュータの持つ情報処理能力を活かした、優れた生産支援アプリケーションソフトウェアなどはほとんど開発されませんでした。

そもそも、コンピュータによる環境制御システムを導入してペイするのは、3000~5000平方メートル以上の温室であるという経験則があります。日本では、当時、1棟300平方メートル、農家1戸で1000平方メートル程度の経営面積が標準でしたので、導入の経営的メリットはあまり感じられないのが実情でありました。ただ、優れたアプリケーションソフトウェアが開発されれば、導入の余地はありましたが、それも上記のように小さなパイを奪い合い、マーケットを広げる工夫を怠ったので、多くの生産者が導入するまでにはいきませんでした。

バブルがはじけ、企業は、生産者がダメなら、景気対策の公共設備投資前倒しで国や県の試験場に入れよう、それがだめなら、農業高校に入れようなどと、必死の営業を続けていました。そのような日本の現状に対して、ライバルのオランダは、施設面積を拡大し、ロックウール栽培やコンピュータの本格的導入により、着実に利益を上げる生産システムの構築に努めていました。

2.2 ソフトウェアとプラットホームの重要性


ソフトウェア開発のため標準化規格を制定(1997-2000)

農業情報化の農水省プロジェクト(2001-2005)

各社でほとんど同じようなハードウェアを作っていても、施設園芸生産の生産性を上げたり、省力化するソフトウェアが無ければ、マイコン環境制御システムはやがてじり貧になってしまいます。業界でばらばらのパソコンへのシステムの接続規格を統一し、ソフトウェアが共通に動く仕組みを作ることが大切と考えました。農林水産省の「園芸施設等設置コスト低減指導事業」に「高度環境制御標準化委員会」が設置され、社団法人日本施設園芸協会と委員長の千葉大学古在氏の支援を得て、共通アプリケーションソフトウェアの動作するプラットホーム作りに着手しました。左上のように、そのページはまだ「環境計測制御コンピュータ遠隔操作方法標準化規格のページ」として保存しています。

リレーショナルデータベースのスキーマで標準化するために、膨大な時間を費やし、現MKVドリームの布施氏の超人的な努力のもと、規格は完成しました。しかし、時すでに遅かったのです。多くの企業は、規格に対応する事業を起こす経営的体力もすでになく。現アズビルの渡辺氏が協議会等で業界等に働きかけて下さいましたが、普及を見ることなく終わりました。そして、マイコン環境制御システム関連の多くの企業や事業部は、整理統合されて行きました。

これと並行する形で、農業生産においてコンピュータや情報は大きな武器になる。研究者・技術者ががんばって、その可能性をプロトタイピングで示そう。中央農業研究センターの二宮氏(現東大)、平藤氏らが呼びかけて、AI(人工知能)ブームのころやった農業情報化プロジェクトをはるかにしのぐ、長期間でかつ大型のプロジェクト研究が実施されていました。「増殖情報プロジェクト(1997-2000)」とそれに引き続いて「データベース・モデル協調システムプロジェクト(2001-2005)」が実施されました。これは、ちょうど生物進化におけるカンブリア紀の大爆発のように、当時、およそ農業に役立つだろうと考えられるほとんどすべての情報技術が導入され、試され、試作システムができました。たとえば、農業センサーグリッドシステムとして有名なフィールドサーバーや、気象データのブローカーシステムであるメットブローカーなどです。フィールドサーバーは、その後、三重大学の亀岡氏がアルファ(ALFAE)という組織を立ち上げ、アグリサーバーとして普及を進めています。このような研究シーズを作りだす夢のある研究プロジェクトが近年あまりないことは、とても寂しく感じています。

2.3 自律分散型システムの発想

このプロジェクトに最初から参加して、試行錯誤で様々なシステムを検討していくうちに、機器にコンピュータを組み込んだ分散型の環境制御システムを作り、その通信規格で標準化すれば、たとえマイコン環境制御システム関連の企業が無くなっても、施設園芸機器の製造企業が規格に合わせた機器を製造してもらえたら、日本の施設園芸の情報化が達成できるのではないかと考えたのです。また、2003年頃、大阪府立大学の池田氏(現千葉大学)、静岡大学糠谷氏など、栽培系の研究者の呼びかけで、園芸産業の将来の夢を語る懇話会の活動にも参加し、農業工学とは別の立場から、生産現場に求められている情報化について、議論したり、考える機会を得ることができました。このころから、あまり複雑な凝ったシステムより、むしろ、わかりやすい小さなシステムを作らないと普及しないという気持ちが強くなりました。

施設園芸を対象にした自律分散型の環境制御システムについては、四国総研の中西氏ほかが1996年に最初の学会発表をした「スマート温室」という先駆的研究があります(四国総合研究所中西氏ほか、1996年、分散型温室環境計測・制御システム(スマート温室)の開発、日本植物工場学会平成8年度大会学術講演要旨集、77-78)。このシステムは、四国電力が中心になり、農業以外の分野まで拡張されて「オープンプラネット」という商標で製品が開発されました。また、同じ頃、東芝が全く別の開発チームで「ネットビー」という商標の同じ通信規格を持つ、施設の環境制御もターゲットに入れた製品を発表しました。これらは、将来の施設園芸を支える素晴しい技術として大いに期待いたしました。特に、前者の施設園芸用環境制御システムは、javaアプレットでソフトウェアを記述でき、そのオープンな設計思想は当時としては称賛に値するものであると私は考えます。しかし、時期尚早であったためか、温室の施工業者等に自律分散型の特長があまり理解されず、とても残念なことに、結局、集中型のシステムに戻ったものが製品化され販売されるようになってしまいました。さらに残念なことに、採用した通信規格(LonWorks)がそれほど広く普及しなかったので、付帯機器の価格が安くならず、残念ながら、ほとんど普及を見ませんでした。

さまざまな分散制御の規格、LonWorks、DeviceNet、FieldBus、CANなどを検討しました。現ホルトプランの林氏の類まれなシステム開発スキルにより、試作機の開発が完了し、プロジェクトの成果として試作システムが出来てきました。しかし、大学には検討の結果を試すフィールドが無く、農村工学研究所の佐瀬氏、石井氏、奥島氏の協力を得て、研究所の試験圃場でテストをさせていただきました。このときの佐瀬氏ほかのご理解と温かいご支援がなければ、研究から現場技術へのUECSの飛躍はなかったと思い、とても感謝しています。


農村工学研究所で借りた試験ハウス

分散システムの実験中の様子

2.4 ユビキタス環境制御システムの誕生

データベース・モデル協調システムプロジェクトの研究資金の支援を受けて、基本的な構想は出来上がりました。そのようなシステムを何と呼ぶのかを考えました。ユビキタス(ubiquitous: 遍在する)という形容詞は、この頃流行し始めていました。1993年にゼロックスのウェイザー氏が論文で、「ユビキタス・コンピューティング」という語を使用したのが、コンピュータ関連での使用の始まりです。1989年ごろに東大の坂村氏も同様の思想(トロン)を提案しましたが、当時は貿易摩擦による政治の思惑に翻弄され、大きな波にはなりませんでした。これらに共通する発想は、「コンピュータのICはもはや高いものではない、どんなものにも内蔵し、いつでもどこでも誰もがコンピュータを使えるようにし、便利で快適な生活をしよう」というものです。この発想を施設園芸の環境制御システムに導入し、どの環境制御機器やセンサにもコンピュータが内蔵されており、それらが自律的にしかも協調して環境制御をするようにしようと、ユビキタス環境制御システム(UECS: ウエックス、Ubiquitous Environment Control System)と命名しました。

データベース・モデル協調システムプロジェクトが終了し、研究開発の芽生えが始まったユビキタス環境制御システムを実用的なものに完成するため、競争的資金研究プロジェクトに応募することに決めました。そのためには、温室で栽培試験の可能なパートナーと組まなければ成功しないと思っていました。そこで、野菜茶業研究所の高市氏に恐る恐る打診してみると、一緒にやっていただけるとのうれしい返事をいただきました。また、実際に機器(ノード)を試作する温室機材企業とも組まなければなりません。株式会社誠和の新堀氏と山口氏、ネポン株式会社の馬場氏、相原氏が厳しい経済環境の中、引き受けてくださいました。本当にありがたく思いました。また、当初から一緒に開発を進めてきた林氏の所属するエヌアイシステム社長の猪野氏にもご協力を賜りました。こうして作った研究開発チームで、農水省の先端技術を活用した農林水産研究高度化事業(現在は新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業)に応募し、2004-2005年度に採択されました。このときの実施計画を下に示します。


農林水産研究高度化事業の実施計画

この開発で大きな争点になったのが、通信規格です。インターネットの通信規格であるEthernetを私は採用したいと強く感じました。これまでは、LonWorksを中心にやってきて、農業機械分野が標準にしている車載機器のネットワーク規格として広く使われているCANを使おうかなどの話が出ていました。通信規格は普及しないと、部材の価格も下がらず、機器の入手も難しくなり、それで足をすくわれることが多いのです。LonWorksも一時は脚光を浴びましたが、ここのところの新規開発のスピードダウンを見ると、このまま伸びていくのかは不安でした。一方、制御という比較的リアルタイム性の高い用途に回線争奪方式であるEthernetを使用することに不安視する意見が多数出ました。この時点では確証はなかったのですが、私はEthernetを選ぶ方が可能性が高いのではないかと思いました。結果として、この方式を採用したことは、良かったと私は考えています。

ノード間の通信方式に、P2Pのアドレスの設定の必要が無いUDPブロードキャストパケットを提案したのは林氏です。また、通信文にXMLを採用することを提案したのは私です。こうして、後にUECS-CCM(共用通信子)と呼ばれる通信規約の骨格ができました。

組込用コンピュータ基板(UES)とミドルウェア(EOLUS)を開発してもらうため、2004年度に林氏に数か月東海大学に来てもらい、実験室に籠って開発に専念してもらいました。林氏は素晴らしい仕事をしました。このときの集中的な成果が、今のシステム開発の基礎になっています。左下の写真がその実験室です。


UECSの基本技術が産まれた東海大学沼津校舎4-322実験室

野菜茶業研究所武豊研究拠点での実証試験の準備の様子

2005年の晩夏になり、誠和とネポンの試作機も完成し、野菜茶業研究所武豊研究拠点の低コスト耐候性ハウスにシステムを設置しました。右上は、野菜茶業研究所の高市氏、東海大学大学院生の塩沢氏、内野氏と、武豊研究拠点に建設された暑いハウスの中、設置作業をしているところです。この後開かれた、低コスト耐候性ハウスと合同の発表会は、大盛況でした。旧ページにその時の写真があります。野菜茶業研究所高収益施設野菜研究チームの高市氏、黒崎氏、安場氏は、UECSの共同研究者であり、それぞれの立場で様々な角度から技術を評価・改良してくださる、大変良きパートナーです。

実証試験を左下のように実施し、各社のノードが自律分散協調してトマトを生産できることが確かめられました。2005年から今日まで、その時に導入したシステムは大きな故障なく稼働を続けています。


野菜茶業研究所武豊研究拠点での実証試験の状況

2006年7月に幕張メッセで開催された国際施設園芸展での展示

2.5 ユビキタス環境制御システム研究会の発足

2006年3月末で事業が終了し、いくつかの課題が新たに出できましたが、技術的にはほぼ実用化の目途が付きました。この技術をPRするために、各種展示会に出展を始めました。そして、コンソーシアムを作り、さらに普及を目指すため、これまで、この技術の誕生を温かく見守って下さった方々を発起人にお願いして、ユビキタス環境制御システム研究会を立ち上げることにしました。その時の設立趣意書(PDF:107kB)をクリックするとご覧になれます。

ユビキタス環境制御システム研究会の設立総会は、2006年7月18日午後、さいたま市見沼グリーンセンター中会議室で開催されました。出席者は、野菜茶業研究所の高市氏、黒崎氏、株式会社山武の金子氏、ネポン株式会社の馬場氏、株式会社誠和の新堀氏、現ホルトプランの林氏、そして私のたった7名でした。しかし、皆、日本の施設園芸産業の将来に対して、これが何か貢献できるのではと、大きな夢と希望を抱いて今後の活動について語り合いました。仲間が増えた現在でも、その気持ちが研究会の皆様に息づいていることが私には大変うれしく思います。

この後の研究会の歴史につきましては、「目的と歴史」のページ、「研究会のニュース」のページでご覧いただけます。




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