1.UECSの概要

UECSとは、ユビキタス環境制御システム(Ubiquitous Environment Control System)の頭文字を表し、「ウエックス」と読みます。植物を生産するためのガラス室・ハウス(温室)、植物工場などの園芸施設の環境制御を実現するための優れた自律分散型システムです。

1.1 コンピュータを使った環境制御システム

植物生産をする場合、まず、作物の種類や品種の選択の良否が収益に大きく影響します。そして、作物を育て、実際に収穫するためには適切な環境(温度、水、光など)を与えることが重要です。このため、露地生産では地域にあった作型が重要です。一方、園芸施設での生産(施設園芸生産)では、換気窓、カーテン、暖房機、養液栽培装置などの、環境制御のための各種設備が装備されています。これらをうまく操作して、省コスト・省エネルギで望む品質の植物を生産できる環境を作り出すものが環境制御システムです。

「うまく操作して」といっても、自動温度調節器で室内気温が一定値を超えたら換気窓を開くというような、単純な制御機能だけでは不十分なのです。換気窓を開けると気温を下げる効果が期待できるだけでなく、湿度を低下させたり、二酸化炭素ガス(植物のエサ?)を取り込む効果も期待できます。しかも、外気の状態により、その程度は変わります。このため、換気窓の開け閉めの程度は、気温だけでなくいろいろな環境要素を測定して、総合的に決定しなければなりません。さらに、他の設備の動作との兼ね合い、たとえば、暖房機が動作しているかなど、も考慮に入れなければ、温室などの機能を100%活かした、最適な環境制御は実現できません。このようなことから、環境制御システムには、情報処理能力に優れたコンピュータの利用が考えられたのです。

マイクロコンピュータ(マイコン)が1970年代に日本で発明され、マイコンが安く手に入るようになり、農業分野への利用が検討されるようになりました。施設園芸の先進国、オランダで行われていたミニコンを使った環境制御システムをマイコンした環境制御システムが開発され、1980年代の後半から、日本の施設園芸生産にも一部使用されるようになりました。複合環境制御マイコン、グリーンハウスコンピュータなどの名称で呼ばれました。

1.2 一個のマイコンでの失敗

当初、マイコンでも比較的小規模な日本の施設園芸農家に導入するのにはまだ高価であったため、下図のような、1個のマイコンですべての制御を行う集中型のシステムが開発されました。


集中型の環境制御システム

従来の集中型システムの欠点

  • 温室コンピュータが故障するとすべての機器が停止する。
  • 広い温室の中、各種機器からの多種多様な配線を温室コンピュータにすべて集線するため、工事の労力とコストが大きい。
  • 温室コンピュータの制御可能点数は決まっているので、後の規模拡大が困難だし、小規模では過剰装備になる。
  • 一台にすべての計測制御ソフトウェアを組み込まなければならないので、プログラム開発と変更が大変である。
  • パイの奪い合い競争のためパソコンにシステムをつなぐ規格が公開されていないので、ソフト専業メーカの高度アプリケーションが導入される余地もなく、サプライチェーンシステムなどとの結合も難しい。
  • このシステムでは上の欠点があり、また、生産者の規模が小さいことも大きく影響し、残念ながら普及には至りませんでした。開発から四半世紀以上経過しても、日本の施設面積のわずか2%未満の普及率にとどまっています。このため、現在の日本の施設園芸の環境制御システムは、諸外国と比べて大きく遅れてしまっています。当初参入していた大企業も次々と撤退し、今は数社の企業が細々と製造しているだけです。環境制御システムが必須の大規模な園芸施設が日本で建設されてもシステムを受注することもできず、外国製のシステムにシェアをほぼ奪われてしまっています。そして、小規模でニッチな市場を奪い合う安値競争の消耗戦を繰り広げるだけで、高度な応用ソフトウェアを開発する余裕すらなくなり、日本の施設園芸生産の規模拡大や生産性向上にとって危機的状況が続いています。

    1.3 ユビキタスなシステム

    その後、マイコンを複数使った、分散型多棟温室環境制御システム、計測制御のレベルに応じた階層化分散システムなどが開発されましたが、ほとんど成功しませんでした。

    マイコンは産業のコメといわれるほど、多数の機器に内蔵されるようになりました。たとえば、温室の重油温風暖房機には燃焼制御のマイコンが内蔵され、養液栽培の給液機にも培養液調製と分配のマイコンが内蔵されています。こんな時代にわざわざ外付けのマイコン温室コンピュータで集中管理する意味はもはやないと思います。また、通信技術の発達は目覚ましく、低コストで超高速の情報通信ネットワークが使える時代です。


    機器へのコンピュータの内蔵=ノード

    ユビキタス環境制御システム

    そこで、左上の図のように、機器に既に内蔵されているマイコンを使うか、新たに安い小型のマイコン(組込コンピュータ)を内蔵して、機器の出口をコンピュータネットワークケーブル1本にしてしまいます。すべてのデータはデジタル化され、しかも同じ形式でネットワークを流れます。この機器とコンピュータの複合体を「ノード」と呼びます。

    園芸施設の各機器をノードにした構成を右上の図に示します。ノードは互いに通信して、内蔵されたマイコンがその機器の計測制御を自律的に実行します。つまり、ネットワークと電源のたった二種類のケーブルだけを配線することで、集中して制御する必要もなく、環境制御システムが構成できてしまうのです。

    いたるところに設置されたノードのマイコンが自律分散的に環境制御を実行するため、どこでもという「ユビキタス」の語を使って、「ユビキタス環境制御システム」と名付けました。このアイデアは、特許第4349573号「温室の環境制御装置及びその環境制御法」として登録されています。


    デジタル通信の規格化がカギ

    ユビキタス環境制御システムの利点

  • 自律分散で中枢部がないので、故障しても全体が停止することはない。
  • ネットワークケーブル1本ですべての情報が交換できるので施工が簡単で安くなる。器用な生産者なら自分で増設も可能である。
  • 規模拡大や縮小もノード数の増減だけなので簡単である。
  • それぞれのノードの専用ソフトウェアを開発すればよいのでプログラミングが容易になる。
  • やり取りする情報が規格化されるので、企業間の共同・分業開発が容易で、各社のノードが混在できる。
  • 通信規格はインターネットの規格と同じなので、インターネットを利用した応用システムが簡単に構築でき、サプライチェーンシステムなどとの接続が容易である。
  • 左上の図に示したように、ユビキタス環境制御システムは、ハードウェアである機器にマイコンを組み込んでファームウェアの部分も含ませたノードにしたので、機器の細かい違いを吸収して、同じ規格化された方法で計測制御が可能になったのです。そして、右上の利点が得られました。

    1.4 インターネット互換による通信の規格化が重要

    ユビキタス環境制御システムでは、IEEE802.3(Ehternet)という通信規格を採用しています。これは、インターネットの接続規格と同じです。その通信の中で、ノード同士が会話する言語は、XMLを採用しています。この通信文(パケット)のことをUECS共用通信子(UECS-CCM)と呼んでいます。また、UECS用に開発された組込コンピュータは、Webサーバー(HTTPサーバー)機能を持っていて、Webブラウザを使用して、各ノードの監視と設定ができるようになっています。

    <?xml version="1.0"?>
    <UECS ver="1.00-E10">
    <DATA type="SoilTemp.mIC" room="1" region="1" order="1" priority="15">23.0</DATA>
    <IP>192.168.1.64</IP>
    </UECS>

    UECS-CCMの一例


    インテリジェントなUECSのノード

    左上は、UECS-CCMとしてノード間で通信される電文の一例です。XMLで記述されていますので、人間が見ても理解しやすくなっています。UDPパケットとして、この電文がネットワークの中をブロードキャスト配信されます。この例は、地温測定ノードから地温測定値が23.0℃である情報を送信しています。このような形式で、「カーテンの開度を50%にしなさい」とか、「暖房設定温度を15℃にしなさい」などの運転や制御設定値の情報を送信することもできます。このUECS-CCMの規格はいくつか制定されています。その中で最も基本的な規格「通信基本規約 version 1.00」(PDF: 275kB)を示します。その他の実用規格については、UECS研究会員になると閲覧可能になります。これらの規約に従って通信できるノードを開発すれば、どのような組込コンピュータを使用したノードであってもUECSに接続してすぐに使うことができます。もちろん、パソコン用のUECS-CCM通信プログラムを開発すれば、複合環境制御や統合環境制御などの高度な植物生産ソフトウェアを使用することもできます。

    右上は、ホルトプランから発売されている温室の室内気象計測ノードの例です。気温だけでなく、絶対湿度などの湿り空気諸量、日射フラックス、二酸化炭素ガス濃度なども測定値を直接出力することができます。マイコンを内蔵しているため、これ一台で高機能な計測が可能です。ノードにはプライベートIPアドレスがあり、そのアドレスを Webブラウザに入力すると、最高最低平均などの各測定値をリアルタイムに見られるだけでなく、ある程度の期間の記録値も参照することができます。通信されるUECS-CCMをCSV形式に変換するソフトウェアを使用すれば、表計算ソフトでグラフにすることも容易です。


    携帯ゲーム機1台で温室の管理が可能に

    産官学の共同・分業開発が簡単で英知が結集

    UECSのノード管理がWebブラウザーだけで完結し、特殊なソフトウェアが不要である特徴は、スマートフォン、PDA、携帯用ゲーム機などの小型安価な携帯情報機器だけで、温室の管理ができるようになることを意味します。また、規格化された通信でノードすべての機能を使用することができますので、分業が容易になり、得意分野を活かしたシステム開発が効率的に行えるようになります。また、UECSを使用している施設ならば、同じソフトウェアが使用できるようになり、植物生産応用ソフトウェアがビジネスになる可能性が出てきますので、すぐれたソフトウエアを開発しようとするメーカーが出現する環境も整います。

    (参考文献)星岳彦、2008、ユビキタス環境制御システムによる施設園芸生産のICT化、農業情報研究、17(1)、13-18、農業情報学会(PDF:155kB)


    Copyright 2010 Ubiquitous Environment Control System Consortium